今回の読書感想文は、茶の本、そして『現代語でさらりと読む茶の古典』について書いていきたいと思います。私はお茶に関しては完全に無縁な人間です。だからこそ、今まで触れてこなかった領域を少しでも知ることができればと思い、この本を手に取りました。お茶の細かいところは読み飛ばしつつも、面白いかったところを書いてみたいと思います。海外向けにかかれたTHE BOOK OF TEAこの本は最初から日本向けではなく海外向けに英語で書かれた本でした。その上そもそも日本語に翻訳する気はなく、岡倉天心の没後に日本語訳が出版されたそうです。日露戦争の翌年に発売されたこの本は、「ナポレオンをも退けたロシアを相手に検討する日本とは如何なる国か」と、世界からの日本への興味が高まっていた時期です。腹切、死を恐れない侍、という理解できない人種というイメージではなく、茶というものを通して異なってはいても理解できるもの、あるいは日本人の生き方にも手本にすべきところもあるということを書きたく生まれた本だそうです。戦争に勝たなければ野蛮人この本は、時代的には日清戦争・日露戦争の後、少し経った頃に書かれたものです。ちょうどその頃、「最近は武士道、いわゆる“コード・オブ・ザ・サムライ”が盛んに論評されるようになってきた」と述べられています。ちょうど少し前に新渡戸稲造の『武士道』が出版されたころです。日本がこれまで野蛮人扱いされていたのに、日露戦争を経て、だんだんと文明人扱いされるようになってきた、という状況に対して岡倉天心は苦言を呈しています。それまで日本が平和な文芸にふけっていた頃には野蛮国とみなされていたのに、満州の戦場で大規模な殺戮を行い、日露戦争に参加するようになってから文明国と呼ばれるようになった、と。「もし血なまぐさい戦争の栄誉がなければ文明国と主張できないのであれば、我々は喜んで野蛮国にとどまっていよう」と。本当にその通りですよね。。なぜ人は、戦争という最も野蛮とも言える行為に関わり、それに勝利しなければ、文明国として認められないのか。そうした問いに対して、戦争とは無関係な領域から日本文化を示そうとする。その手段として選ばれたのが「茶」であり、その視点からこの本が書かれている。この「茶の視点から文化を広める」という発想が、私にとって最も興味深いポイントでした。ワイン、コーヒー、ココアとの比較次に、少し違った意味で面白いと感じた部分です。本書では、「茶の味わいには言葉では言い尽くせない魅力があり、その魅力には抗いがたく、理想郷に誘われるような感覚がある」といった趣旨のことが書かれています。ここまでは非常に美しい表現で、特に違和感はありません。ただ、その後の皮肉が面白い。「茶にはワインの傲慢さ、コーヒーの自意識、ココアのわざとらしい無邪気さがない」たしかに、、、!確かに、ワインにはどこか傲慢なイメージを感じることもあるし、コーヒーに強いこだわりや自意識を感じている人もいる。ココアに対しては、「わざとらしい無邪気さ」なんてそこまで言わなくても、、、w と思ってしまいますね。こうした少し意地の悪い、しかし的確な表現の仕方も、この本の面白さの一つだと感じました。