株式会社COTENという会社が運営しているラジオ番組:コテンラジオ。友達に紹介されましたが、とてつもなく面白いです。ずっと聞いてられます。世界の歴史をわかりやすく面白く教えてくれるラジオ番組です。僕はまだ最近聞き始めた場合で、まだ日本周りしか聞いていなく、吉田松陰編、高杉晋作編、西郷隆盛編を聞きました。この辺の幕末周りを一気に聞きまして、、、なんて面白いのかと!こんなにも歴史は面白く、そして僕はこんなにも幕末のことわかっていなかったのかと!という思いでみんなにお勧めしています。西郷隆盛編はこちら:https://open.spotify.com/episode/0uS4mmcRw2ykNwXVs3Kson西郷隆盛について以前は漠然と、おおらかで器が大きそうなイメージを持っていましたが、なんでそんなふうに思ってたんだろう、、、全くイメージが違いました。激情の人でした。感情で動くタイプで、感情で人を動かすタイプ。すぐ「殺す!」と思って走り出し、会って話し相手が腹が座ってる・視座が高いとわかると、理解し合い共感し、意見を変える。そして死にたがり。それゆえにいつでもすぐ命をかける。それゆえに誰も彼の交渉を止められない。感情の話|勝海舟と江戸城無血開城徳川慶喜は殺さなければならないと西郷隆盛が強く主張しみんなを説得し江戸へ。幕府側の勝海舟はそれを阻止しようとするので、勝も殺そうとする西郷。しかし勝海舟はいう。そんなことしても日本のためにならない。俺らが戦争しててもイギリスやアメリカに隙を与えちゃうだけで日本が弱くなっちゃうだけだ。抵抗しないで江戸城は渡すから、慶喜殺したり攻めてくるのはやめようよ。的なことを言う。それに対し、「この人は日本のことを思っている。視座が高い」と納得し、みんなのところに戻る。そして慶喜は殺さないことにした、とみんなに言う。でも仲間は「え?いまさら?お前がやるっていったんじゃん!」と言われるけど「それは日本のためにならない。俺らが戦争してもイギリスやアメリカに・・・」と勝海舟の受け売りをそのまま堂々と言う。それでもいまさら納得できない仲間たちに、「俺が全責任をとる!それでも慶喜を殺したいなら俺を殺してからいけ!」というwすぐに命を賭ける。こんなこと言われたら誰も止められないから、成り立ってしまう。毎回この手法。西郷を含めて幕末を見ていると、世界は感情で動いているなーとも思う。ただそれだけではない。感情の重要性、覚悟の重要性、そして「会って話す」ことの大切さ。「殺す」くらいに思ってた相手が、話してみると実は「敵だけど、視座が高く尊敬できる人」と思えることがある、ということ。人の感情はバグだらけで、正確に状況を反映できていないことが多い。できるだけ、ちょっとしたことで人を見切らずに、ちゃんと話して、理解し合いたい。情報格差の恐ろしさ常に情報格差の問題がある。幕府が列強と不平等条約を結ぶ。幕府は武力で勝てないとわかっているから。でも直接見てない人たちはわかってないので、幕府はだめだ、となる。落とし所を見つけた幕府はむしろ頑張ってる気がするが、それがわかっていないので揉める。征韓論のときもそう。朝鮮を攻める!って言ってる人たちに対し、海外留学してきた大久保利通たちは海外の凄さを知ってるので「今攻めても無理、、、!今は国を強くするのに注力しないと!」となる。西南戦争も。大久保利通と西郷隆盛が信頼しあってるのになぜかすれ違う。。当時はLINEもzoomもない中で日本中でいろんなことが起きてるから情報が伝わらないのはしょうがない。でも現代でも同じことが起きていないだろうか。これほど情報は取りに行ける時代なのに、情報格差が開いているようにも思う。フィルターバブルなのか、教育なのか、なんなのか。。能動的に、そしてフェアな視点で情報をとりにいけるように心がけたい。乱世に向いてる人、いない人徳川慶喜は、乱世に向いてなかったんだろーなー、、、という感想。現代社会でも、頭が超良いけど、暴力的な状態に向いてない人は当然いる。例えば、通常状態では綺麗に丁寧にマネジメントできるけど、超炎上状態は得意じゃない人、とか。酷い炎上状態で、クライアントも常時マジギレ、優秀なエンジニアもほとんどいなかったり、不満があってメンバーたちも今にも辞めそうだったり問題だらけの状態でなんとかしなきゃいけないとき。通常状態と炎上状態では求められるスキルが全く違う。大味でも、覚悟を持って強引に進め交渉したり、なんとか人を動かすために説得したり。徳川慶喜は平和な時代のリーダーだったら、すごく評価されたのかもなーと可哀想な気持ちもあった。すぐ殺そうとしたりいつでも死ぬ覚悟がある西郷みたいなやつらがいる時代で戦うのは大変だよね...笑そして、腹括ってる、ってのはやはり強いな、と。コテンラジオ西郷隆盛編、まとめあとで振り返れるように、AIにコテンラジオの西郷編の内容をまとめさせてみたので貼っておく。自分の復習用。(AIに書かせてるので間違いがあったらごめんなさい)西郷隆盛・幕末維新まとめ(COTEN RADIO理解用)0. この時代の大前提1800年代中盤、日本は260年続いた江戸幕府の時代。でも世界では西洋列強が急拡大。イギリスアメリカフランスロシアなどがアジア進出。中国(清)はアヘン戦争で敗北。つまり日本人からすると、「このままだと日本も植民地になるかもしれない」という巨大な危機感が生まれていた。1. 西郷隆盛の幼少期1828年Saigo Takamori 誕生。薩摩藩の下級武士。裕福ではない。薩摩藩という特殊国家薩摩はかなり軍国的。武士の比率も他の班よりダントツで高い。郷中教育年上が年下を育てる。ここで叩き込まれる:義理仲間意識武士道精神力忠誠西郷の、情の深さ仲間への強い愛着「この人のためなら死ねる」感覚はここから。2. ペリー来航と幕府不信1853年Perry Expedition to Japanアメリカのペリー来航。日本中に衝撃。なぜヤバかった?中国が既に西洋に敗北していた。つまり、「日本も普通に負けるかも」が現実味を帯びていた。ここで幕府への不信が高まる。3. 島津斉彬との出会い1851年Shimazu Nariakira が薩摩藩主。斉彬は何を考えてた?斉彬はかなり先進的。考えていたこと:日本は近代化しないと終わる西洋技術を学ぶべき幕府を改革すべき有能な人材を使うべきつまり、「攘夷だけでは勝てない」と理解していた。西郷、完全に心酔西郷にとって斉彬は、理想神生きる意味父親的存在になる。COTENでも強調される、“重すぎる忠誠”が形成される。4. 将軍継嗣問題と安政の大獄1850年代後半。幕府内部で、「次の将軍を誰にするか」で大揉め。一橋慶喜派Tokugawa Yoshinobu支持者:島津斉彬改革派理由:「能力が高い」紀州派支持:Ii Naosuke推したのは徳川家茂。理由:「血統・安定重視」1858年 安政の大獄Ansei Purgeなぜ起きた?井伊直弼からすると、幕府が弱ってる尊王攘夷が暴走政治が不安定つまり、「強引にでも抑えないと幕府が崩壊する」と思った。結果吉田松陰処刑橋本左内処刑尊王派弾圧など。西郷側の感覚西郷たちからすると、「日本を救おうとしてる側が潰されてる」感覚。幕府への怒りが増大。5. 島津斉彬、急死1858年斉彬が突然死。西郷、精神崩壊レベル。なぜそんなにダメージ?西郷にとって斉彬は、「人生の意味」だった。だから、政治的敗北精神的支柱喪失が同時に来る。6. 月照との入水Gessho尊王派の僧。幕府に追われる。なぜ入水した?西郷は、月照を見捨てられない斉彬も死んだ改革派も敗北薩摩藩も及び腰で完全に追い詰められる。1858年11月錦江湾で入水結果:月照死亡西郷だけ助かるこの事件の意味COTEN的にはここ超重要。西郷は以後、「本来自分は死んでる」感覚を持つ。だから後年、命懸け交渉危険任務死を恐れない人になる。7. 島流しなぜ流された?幕府から危険人物扱い。さらに薩摩藩から見ても、「扱いづらい」存在。奄美大島生活ここで西郷は、農民庶民弱者に近い生活を送る。この経験の意味西郷の、民衆感覚現場感覚人への共感がさらに強くなる。8. 長州との関係最初、薩摩と長州は敵。1863〜64年八月十八日の政変禁門の変薩摩・会津が長州を京都から追い出す。つまり、薩摩+会津vs長州だった。会津藩とは?Matsudaira Katamori会津藩主。京都守護職として京都治安維持を担当。新選組も会津配下。なぜ会津は憎まれた?長州側から見ると、京都で弾圧された仲間が殺された朝敵扱いされたため。9. 薩長同盟なぜ敵同士が組んだ?両方とも西洋と戦って、「攘夷だけじゃ無理」と理解。さらに、「幕府も限界」となる。1866年 薩長同盟薩摩側:西郷隆盛大久保利通小松帯刀長州側:桂小五郎(木戸孝允)仲介:坂本龍馬中岡慎太郎西郷と桂小五郎西郷は、「こいつら本気で日本を変えようとしてる」と感じる。ここが西郷。理屈より、覚悟真剣さ人間性を見る。10. 大政奉還1867年Taisei Hokan徳川慶喜が政権返上。慶喜の狙い慶喜はかなり頭がいい。狙いは、「将軍はやめる。でも徳川は新政府の中心に残る」こと。西郷・大久保側「それだと徳川体制が残る」と警戒。11. 王政復古の大号令1867年12月Restoration of Imperial Rule中心:西郷大久保岩倉具視内容幕府廃止将軍廃止徳川を政治の中心から外す12. 戊辰戦争1868年 鳥羽伏見の戦い旧幕府軍 vs 新政府軍。新政府軍勝利。なぜ旧幕府軍が崩れた?「錦の御旗」。新政府側が、「天皇の軍」になった。旧幕府軍は朝敵扱い。13. 勝海舟との交渉Katsu Kaishu勝海舟とは?幕臣海軍創設者超現実主義者勝の考え「徳川より日本」つまり、江戸が焼ける外国介入内戦長期化を防ぎたい。西郷との会談最初は敵。でも西郷は会うと、「この人、本気で国を守ろうとしてる」と感じる。江戸無血開城結果:江戸総攻撃回避。これが成立。14. 会津戦争なぜ会津は徹底抗戦?会津からすると、「幕府に忠義を尽くしただけ」なのに朝敵扱い。長州側の感情長州は会津をかなり恨んでいた。禁門の変などの因縁。白虎隊少年兵が自刃。会津の悲劇の象徴。15. 明治政府成立1869〜1871年版籍奉還廃藩置県中央集権国家へ。16. 岩倉使節団1871年〜1873年Iwakura Mission中心:岩倉具視大久保利通伊藤博文木戸孝允などが欧米視察。なぜ行った?目的:欧米視察不平等条約改正近代制度学習実際どうだった?欧米の圧倒的差を見て衝撃。特に大久保は、「今戦争してる場合じゃない」と感じる。17. その間の西郷岩倉使節団不在中、西郷ら留守政府が政治を回す。西郷たちがやったこと徴兵制学制中央集権化など。徴兵制とは?武士だけでなく全国民が兵になる。つまり、武士の特権崩壊でも西郷は、「近代国家には必要」と理解していた。面白いポイント西郷は情の人だけど、近代化自体には反対してない。むしろかなり推進側。18. 征韓論1873年Seikanronなぜ問題になった?朝鮮が明治政府を正式国家として認めない。さらに外交摩擦。なぜ西郷は行こうとした?表向き:国威外交問題でもCOTEN的解釈西郷には、「自分が死ぬことで道を開きたい」感覚がある。西郷案自分が朝鮮へ行く。もし殺されれば開戦理由。つまりかなり危険。大久保側岩倉使節団帰国後、日本はまだ弱い今戦争したら危険まず国内整備と判断。結果征韓論敗北。西郷辞職。19. 鹿児島帰還西郷は鹿児島へ。私学校を作る。私学校とは?若い士族教育機関。でも実質、旧薩摩武士の巨大コミュニティになる。20. なぜ士族が不満?明治政府は近代化を進める。廃刀令秩禄処分武士特権廃止つまり、武士の時代終了士族の感覚「俺たちは命かけて維新やったのに」という怒り。21. 西南戦争1877年Satsuma Rebellionなぜ始まった?新政府が鹿児島の武器を回収しようとする。薩摩側が激怒。さらに、「政府が西郷を暗殺しようとしてる」噂まで出る。西郷本人完全に最初から反乱主導というより、流れに押される側面も強い。でも人望がありすぎて止められない。西郷軍北上鹿児島から熊本へ。熊本城攻防ここ超重要。西郷軍は熊本城を落とせない。なぜ負けた?新政府軍は徴兵制で大量兵力。さらに近代兵器。つまり、「旧武士の戦争」が終わった瞬間。22. 最後城山西郷軍壊滅。西郷最期1877年9月24日。自刃。「もうここらでよか」有名な言葉。23. 西郷という人COTEN的に言うと、西郷は単なる人格者ではない。西郷の本質情が巨大忠誠が重い死を近くに置く人への共感が強すぎる理屈より覚悟を見るだから人を惹きつけるカリスマになる革命家として強いでも同時に、国家運営では危うい感情が極端制度設計には向かない大久保利通との対比西郷情義人覚悟現場大久保Okubo Toshimichi制度現実中央集権国家運営ロジックこの物語全体を一言で言うと「巨大な情念を持つ人間が、近代国家形成に飲み込まれていく話」です。西郷は、優しい人情深いだけじゃなく、危うい極端死にたがり感情が重すぎるでもある。だからこそ、「この人のためなら命をかける」人が大量に現れた。それが西郷隆盛という人物の凄さであり、怖さでもある。