今回はビリオカ・マリアンさんの『言語の力』という本について書いてみたいと思います。本の帯には、認知科学の今井むつみ先生と「ゆる言語学ラジオ」の水野さんの推薦コメントが並んでいて、それを見て「おおっ!」と思い手に取った本ですね。いやー、面白かったです。とくに冒頭の「橋の性別」の話、面白いですね。「橋」の「性別」ロシア語では橋は男性名詞で「彼」と表現されるそうですが、ドイツ語では逆に女性名詞で「彼女」となるそうです。英語だと性別はなく「それ(it)」で表される。そして著者の母語であるルーマニア語では、単数だと男性名詞、複数だと女性名詞になるという…。え?単数と複数で性別変わるってどういうこと!?と、衝撃的でした。そして、言語の違いが人のものの見方にどう影響するかという話に発展していきます。例えば、橋を「彼女」と呼ぶ言語では「美しい」「エレガント」と感じやすく、逆に「彼」と捉える言語では「大きい」「がっしりしている」といった印象を持ちやすいという研究があるそうです。なるほど、そういうこともあるのかと。さらにこの本の核になっているのが、「使う言語によって思考や結論まで変わる可能性がある」という指摘です。第一言語で議論した時と、第二言語で議論したときで結論が違う、と。たしかに、自分自身でも英語で話しているときと日本語で話しているときで、少し性格が違うような気がします。言語そのものが持っているキャラクターのようなものが、話す人にも影響を与えているのかもしれない。そんなことを感じました。この本では、言葉の微妙な違いを無視してしまうと、時に悲劇的な結果を招くことがあるというエピソードも紹介されています。その中でもとくに印象的だったのが、日本の「ポツダム宣言」受諾に関するエピソードでした。「コメントを控える」第二次世界大戦末期、日本に無条件降伏を迫るポツダム宣言に対して、当時の鈴木貫太郎首相が「コメントを控える」とする発言をしたことが紹介されています。これは多様な訳し方があり、例えば「今はコメントを差し控える」という意味もあれば、「あえて無視する」「怒りを内に秘めて沈黙する」など、解釈に幅がありますよね。でもこの時、アメリカの国家安全保障局(NSA)の文書によると、「最悪の訳語が選ばれてしまった」と述べられています。海外の通信社はこの言葉を「コメントに値しない」というふうに訳したそうです。実際にこの翻訳がどれほど影響を与えたのかはわかりませんが、そのわずか10日後に原爆投下が決定されたとされた、と。。ゾッとする話でね。たった一つの言葉の訳し方が、国際関係の大きな転機を生んでしまうかもしれないという例として、非常に重たい示唆を含んでいると感じました。世界の過半数はバイリンガルたとえば、話者数でいうと、英語とマンダリン(中国語)はそれぞれ10億人以上いて、ヒンディー語とスペイン語も5億人以上。そのあとにフランス語、アラビア語、ベンガル語、ロシア語、ポルトガル語が続くそうです。そして、「世界の人の過半数は、実は複数の言語を話している」という事実です。えっ、そうなの?って正直思いました。面白かったのは、たとえばインドネシアの例。インドネシア語は、人口の94%以上が話すそうですが、第一言語として育った人は実は20%にすぎない。逆に第一言語として一番多いのはジャワ語だけど、ジャワ語を話す人は全体の30%程度。つまり、ほとんどの人が複数の言語を使い分けているということですよね。それにヨーロッパやアジア、アフリカでは、生まれたときから複数の言語に触れる環境で育つのが当たり前だそうです。たとえば、ルクセンブルク・ノルウェー・エストニアでは、なんと90%以上がバイリンガルかマルチリンガル。ヨーロッパ全体でも3人に2人が、少なくとも2カ国語を話すとか。カナダは、英語とフランス語が公用語。人口の約半分がバイリンガルらしいです。ベルギーはフランス語、ドイツ語、フラマン語の3つ、南アフリカに至っては公用語が11もある。さらにインドは、憲法で21の言語が公用語として認められていて、「マルチリンガルであることが当たり前」の国なんですね。そして、全世界を見渡すと、子どもの約66%がバイリンガルとして育てられているそうです。多くの国で外国語が必修科目になっているという話もありました。いやー、これを読んだとき「なるほどなぁ」と思いつつ、同時にちょっと絶望も感じました(笑)僕なんか、ずっと英語を一生懸命勉強してきたのに、いまだにちゃんと話せないし、聞き取れない。「え、みんなそんなにサラッとマルチリンガルになってるの!?」って、ちょっと落ち込みますよね…。日本が97%くらいが日本人で日本語話せない人がほぼいない環境だからなのか、日本語が特殊すぎて他言語との違いが大きすぎるのか、細かい文法とか気にし過ぎてスピーキング力があがらないのか、シャイ過ぎて外国人と話に行けないからなのか、あるいはそれら全部か...マルチリンガルの発想この本の核心のひとつは、「マルチリンガルであることが脳にどう影響するか」という点です。著者はまさにその研究を長年してきた人で、「複数の言語を話すことが、思考や記憶、そして物事の捉え方そのものに影響を与える」ということを、いろいろな実験や事例をもとに紹介してくれています。たとえば、マルチリンガルの特徴として「ひとつの物や単語を見たときに、複数の言語で思い浮かぶ」という話がありました。これ、すごく面白いですよね。視点が1つじゃなくなる。つまり世界の見え方が多層的になる、ということ。以下の実験も面白かったです。英語と中国語のバイリンガルの人に、「第二次世界大戦で日本が最初に攻撃した場所はどこですか?」と尋ねると…英語で質問すると「1941年のパールハーバー」中国語で質問すると「1937年の盧溝橋事件」と、答えが変わるそうです。つまり、使っている言語によって歴史認識や記憶が変わる... 興味深い。。また、「片手を上げて遠くを見ている像は何ですか?」と聞いたときの回答。英語では「自由の女神」中国語では「毛主席像(毛沢東)」いやー、面白いですね。言語による違い:注目を貸す、注目を作る、注目を払う・・・この本で特に面白かったのが、「attention(注目)」という言葉に対する各言語の表現の違いです。例えばスペイン語では「注目する」ことを lend attention(注目を貸す) と表現するらしく、これは「注目を貸す=あとで返してもらうもの」という感覚があるからだそうです。一方、フランス語では make attention(注目を作る)、つまり「注目を作り出す」っていう発想になる。注目というのは放っておいたら存在せず、自分で作る必要があるという考え方。そして英語ではおなじみ pay attention(注目を払う)。これは「注目=お金のように価値があるもの」だと無意識に捉えているからこその表現。なるほどって感じですよね。そして、ドイツ語では「注目はgift(ギフト、贈り物)」として扱われるということ。これ、めちゃくちゃ興味深いと思いませんか?注目は「貸す」もの(スペイン語)注目は「作る」もの(フランス語)注目は「払う」もの(英語)注目は「贈る」もの(ドイツ語)って、どれも違う価値観がにじみ出てる。面白いですね!色、時間、数、方角この本では、「色」や「時間」、「方向感覚」といった、私たちが日常的に使っている概念も、言語によって大きく影響されるという話が出てきます。例えば、色について。世界には、基本的な色の言葉が3つとか4つしか存在しない言語もあるそうです。青と緑の区別がないとか、濃淡でしか表現しないような文化もある。つまり「色をどう捉えるか」は、言語ごとに全く異なるんですよね。時間についても同様です。未来や過去を表す表現なかったり、時間の流れの方角も言語・文化によって違う。。方向感覚にしてもそうです。で、これを読んで思い出したのが、以前感想を書いたピダハンです。ピダハン語には色の名前がなくて、時間の概念も薄い。過去形や未来形というものが存在しないし、方向感覚も左右の区別がなくて、代わりに「川上/川下」という考え方がある。彼らにとっては、川が世界の中心だからなんですよね。さらに驚くべきことに、ピダハン語には数の概念すら存在しない。1とか2すらない。あるのは「少し」か「たくさん」だけ。これって、まさに「言語が思考の枠組みを決めている」ことの極端な例なんじゃないかと思いました。バイリンガル教育バイリンガル教育を受けることで、算数や国語の成績が向上するというデータもあるとか。ほんとかなー。まとめ最後に言語学習方法とかも書いてましたが、語学教室に通う語学学習アプリを使う外国を旅行する外国人と話す習慣にする・・・とか書いてまして、、、普通じゃん!そんなのわかってるけどなかなかできないんじゃ!笑とまぁ、最後の学習方法についてはイマイチでしたが、とても興味深い本でした!