今回は、ダニエル・L・エヴェレット著『ピダハン』について紹介します。この本は、アマゾン奥地で原始的な生活を送るピダハン族と彼らの言語をテーマにした一冊です。ピダハン族は現在、人口約400人ほど。外部の言語や文化とほとんど関わりを持たない彼らの生活は、非常に独特で興味深いものでした。ピダハン族の言語:左右も色も数も過去形もない。本書で特に驚かされたのは、ピダハン族の言語と文化の特異性です。彼らの言語には、未来形も過去形もありません。また、東西南北の概念や数の概念、さらには色を表す言葉すら存在しないのです。この言語の背景には、彼らの文化的な価値観が深く関わっています。ピダハン族は「今この瞬間」に焦点を当てた生活を送っています。過去を振り返ったり、未来を心配したりすることがなく、目の前の出来事や状況だけに集中する生き方です。その結果、彼らには未来への不安や過去への後悔がほとんどなく、精神的に非常に安定しているんだと。これは、現代社会でよく話題になる瞑想やマインドフルネスの考え方と通じるものがあり、非常に興味深い点でした。アマゾン。マラリア。家族。そもそもこのお話は、言語学者でかつ宣教師でもあるダニエルが、家族全員(1歳児を含む子供3人と奥さん)を連れてアマゾンの奥地に行って彼らと暮らし言語を覚えるところから始まります。もちろんお店はないしインフラはないし病院だってありません。僕も現在子供を育てている身として考えると、正直信じられないですね。自分だけならまだしも、そんな小さい子供を病院もない場所へ連れていく、、、なんて。。ピダハン語は、通訳もいないので、本当に何もないゼロの状態からピダハンに話しかけながら一つ一つ覚えていくのです。。信じられない。。そんな中で子供の1人と奥さんが病気になってしまう。マラリアです。死の淵にいる彼らをなんとかメキシコの病院まで連れて行かねばと、ボートを借りて、まさに死ぬ気でアマゾン川を下っていく。ボートの上で妻のマラリアの進行は早く、意識は朦朧とし、幻覚も見始めていきます。彼女のまだ小さい子供が「お母さん、これ食べて」と缶詰をあげようとすると、しばしぼんやりと見つめたのちにその子の頬を全力でビンタ。何が怒ったかわからない子供をダニエルは抱きしめながらお母さんは病気なんだと説明する。。結果、なんとかメキシコの病院にたどり着き、マラリアの注射が間に合い、なんとか全員一名を取り留める。読んでいてハラハラし、助かったーと思いました。が、驚くのはまだ早い。数ヶ月後、復活したダニエルファミリーは、また全員でピダハンの元へ向かうのです。信じられない!ダニエルはまだしも、奥さんもそれOKなの!?自分自身が死にかけ、子供もマラリアになったのに行くの!?奥さんに直接インタビューしてみたいと思いました。しかし、いつの間にか家族も馴染みピダハンとも仲良くなり、子供たちはアメリカとメキシコとピダハンのカルチャーを同時に理解して育ちます。子育てと教育方針の衝撃ピダハン族の子育てや教育方針も驚くべきものでした。例えば、2歳の子供がナイフを振り回しても、親は止めません。焚き火の近くで遊んでいても注意しないのです。危険を未然に防ぐのではなく、子供自身が失敗を通じて学ぶことを重視しているのです。これは現代の私たちの感覚では信じがたいものでしたが、自ら経験することで学ぶという姿勢には学ぶべき点もあると感じました。アマゾン川で1人で出産さらに驚いたのは、母親が子供を産む際、一人でアマゾンの川に入って出産を行うという事実です。その際、もし母親がうまくいかず苦しんでいたとしても、村の人々は決して助けることはありません。彼らの価値観では、助けが必要な存在は自然淘汰されるべきであり、無理に延命させるのはよくないと考えているからです。死に対する考え方ある日、死にかけたピダハンの赤ん坊がいたそうです。ピダハンたちはその自力でおっぱいを飲めないような赤子はもう見切っていたようでした。それに対し、ダニエルは「助けられる!」と思い、哺乳瓶でミルクを与えたり薬を与えたりしながらなんとかケアをしていきました。しかし、ある夜、ダニエルがいない間にピダハンたちがやってきて、その赤ん坊に口から大量にアルコールを飲ませ死なせてしまった。それを知り、呆然とし、そして絶望するダニエル。しかしこれがピダハンの死生観。生きていけないものを、死ぬべきものを無理に助けることは苦しみを長引かせるだけだ、という考え方なんでしょう。残酷なように見えて、優しいのかもしれない。ベットで寝たきりでも生かし続ける今の日本についても考えさせられます。自殺についての考え方彼はもう一つの目的である「キリスト教の布教」も試みました。彼は、「かつて自分の身内が自殺したことで大きな絶望を感じたが、宗教があったことで自分は乗り越えることができた」というエピソードを共有しました。宗教的な救いの重要性を説いたのです。すると、、、なんと、ピダハンたちの反応は、「大爆笑」でした。「自分で自分を殺すだって?ピダハンはそんな馬鹿なことをしない笑」といって笑ったそうです。彼らにとって、過去や未来に縛られず、今を生きるという生き方は、自殺という概念は、全く理解不能なものだったのです。ダニエルの結末しかし、この本の最後の結末が衝撃的でした。この長いピダハンとの生活の末、ダニエルはキリスト教の考えよりもピダハンよりの考えになっていきます。最終的に、ピダハンとの数十年の年月を経て、ダニエルはキリスト教の信仰を捨てる決断を下しました。宣教師としてこの地に降り立ったにもかかわらず、神を捨てたのです。その結果、妻と離婚、子供たちとも絶縁するに至ります。あの、妻と子供がマラリアにかかり死にかけた経験さえ乗り越えたこの家族が別れることになるなんて、、、と私は読んでいて衝撃を感じました。宗教を特別持っていない僕にとっては、キリスト教を信仰する人がそれを止めることがどれほど重いのか、特に宣教師ともなってた人が止めることがどれだけのことなのか、よくわかりません。しかし、あのマラリアを含むあらゆるアマゾンでの出来事を全員で乗り越えた家族が、たった信仰を変えたというそのことだけで断絶してしまうほどなのか、、、とどうしても思ってしまい、受け入れにくかったです。このものすごい冒険譚の最後のオチが家族の崩壊なのかと。この結末は悲しいものでしたが、同時に、1人の人間の価値観を大きく変えてしまうほどに、ピダハン族の生き方や価値観の力強さを感じさせる本でした。