今回は『英語と日本語どう違う』という、NHK出版の本について書いていきたいと思います。この本は、プロの翻訳家の方が書かれたもので、「なぜ英語は日本語に翻訳しにくいのか」について、詳しく書かれています。非常に興味深い内容なので、紹介していきます。日本語は「翻訳を通して作られてきた言語」著者は、日本語は「翻訳を通して作られてきた言語」であると言っています。それがどういう意味かというと、日本は歴史の中で2回の“大翻訳時代”を経験している、というのです。1回目は中国から漢字を輸入したとき。2回目は明治の改革のときです。この2回の大翻訳時代に触れながら、「近代日本語はどこから来たか」について書かれていました。興味深いですね。確かに、日本語はそうやって作られてきたと言われると納得します。まず1回目、中国から漢字が入ってきたとき。日本は漢字という形からカタカナとひらがなを作りました。その上で、カタカナ・ひらがなだけを使うのではなく、漢字も使いながらカタカナとひらがなの3つを使うようになっていきます。さらに「音読み」「訓読み」という使い方を考え出し、1つの漢字に異なる読みを当てはめるという工夫までしています。これは本当にすごい発想です。そして2回目の大翻訳時代――明治の改革のとき。このときは、西洋から多くの新しい言葉が入ってきました。しかし、日本人はそれらの言葉をそのまま使うのではなく、既存の漢字を使って意味を当てはめ、新しい語彙を生み出していきました。例えば “society” を「社会」、 “right” を「権利」と訳すように、当時の日本には存在しなかった概念を、無理やり日本語に変換していったんですね。そうやって翻訳を通じて新しい言葉を作り出していった――それが日本語の歴史なのだと書かれています。ここで面白かったのは、「権利」という言葉についての指摘です。「権利」の「利」に「利益」の「利」という漢字を使ったのは、実はよくなかったのではないか、という意見を紹介していました。「権利」というのは、本来は“生まれながらに持っているもの”であり、それを行使して当然のもの。しかし日本では、権利を主張すると“ずうずうしい”とか“浅ましい”と思われることがある。それは「利する(利益)」という意味の漢字を使ったせいではないか――というのです。これは本当に興味深いですよね。なるほどと思いました。著者が紹介していた池澤夏樹さんという作家の方は、「権利」は「権理」とすべきだったのではないか、と述べているそうです。面白い指摘です。「彼」と「彼女」という言葉の由来次に興味深かったのが、「彼」という言葉は明治初期には女性を指すことにも使われていたという点です。これ、どこかで聞いたことがある気もしますが、本当に面白い話ですよね。英語に翻訳する際、英語には he と she があるため、日本語でも対応させる必要が出てきた。その結果、「彼」が男性を指す言葉として固定され、「彼女」という新しい訳語が作られたのだそうです。つまり、「彼女」という言葉は she に対応するために生まれた――英語を翻訳するために現れた日本語というのが、とても興味深いところです。元々、そもそも代名詞をそんなに使わないカルチャーの日本語には不要なものだったためです。次の例がまさにその違いをよく示しています。代名詞を使わない日本語My father declined my mother's offer to drive me and himself in her car.という英文があります。これを直訳すると、「僕の父は僕の母に、彼女が僕と僕の父を彼女の車で送ることを断った」となります。何言ってるか全然頭に入ってこないです、、、!確かに英語では全部My father とかmy motherとかher carとかいちいち代名詞が入ってるので、それをそのまま訳すと、「僕の父が」「僕の母の」「母の車で」とか書くことになりますが、まーわかりにくいですよね。そもそも「僕の父」なんて言わずに「父」とか「父さん」で良いわけです。そして一度父の話をそれは誰の話かは文脈でわかるので代名詞はいらない、というのが日本語です。「母さんは僕と父さんを車で送っていってくれたけれど、父さんはそれを断った。」これの方がわかりやすいでしょう。この違いが面白いですよね。先日読んだ、「ほんとうの中国」という本でも、中国人と日本人の言葉・カルチャーの違いを書かれていました。中国人は主語を必ず言うカルチャーなので、「先日本社において〜ということに決まりました」のように日本人が主語なしに話すと、「それを決めたのは誰ですか?社長ですか?あなたですか?」と聞かれ、日本人が困った顔で「会議できまりました」と答える、、、という話がありました。言語とカルチャーの違い、そして言語とカルチャーは密接に紐づいていると言うことを感じさせる面白いエピソードです。「今日は車ですか?」に見る日本語と英語の違いそしてそれに関連して、例えば学校の先生が職場の学校に来たとき、同僚の先生がこう聞いたとします。「先生、今日は車ですか?」この「今日は車ですか?」を英語に訳すとしたら、Did you come to school by car today?となると思います。ごく自然な英文ですよね。ただ、逆に Did you come to school by car today? を日本語に翻訳するとどうなるでしょうか。人によっては「あなたは今日、学校に車で来ましたか?」となるかもしれません。僕もつい、こう訳してしまいそうです。でも、これは日本語として非常に不自然ですよね。学校に車で来たかを聞くときに、同僚から「あなたは今日、学校に車で来ましたか?」なんて言われたら、ちょっと気持ち悪い感じがします。そう、日本語では「あなたは?」って言わないんですよね。私たちは代名詞を使わない文化なんです。称号や代名詞を極力省略するカルチャーがある。だから、一番自然でシンプルな言い方は「今日は車ですか?」になる。それが、ごくナチュラルで正しい日本語です。なんなら、「今日、車?」で十分です。その方がより自然です。逆に「あなたは今日、車で学校に来ましたか?」なんて言ってしまうと、「今日は車で来てはいけなかった日なのかな?」とか、「何か失敗してしまったのかな?」「とがめられているのかな?」といった余計なニュアンスまで感じてしまいます。これも含めて“日本語らしさ”なんですよね。そうした文化の違いが非常に面白く、そしてそれゆえに翻訳は難しい。この本では「直訳」と「意訳」の話も書かれていますが、そもそも直訳を成立させること自体が難しいということも強調されていました。短くて読みやすいですし、非常に興味深い本でした。