今回は『会話の0.2秒を言語学する』を読んで感じたことを書いてみたいと思います。著者は、僕が普段よく聞いている「ゆる言語学ラジオ」の水野さん。この本は水野さんにとって初めての単著とのことで、予約し楽しみにしていました。0.2秒という驚きの速さ人は、誰かが話し終えてから自分が話し始めるまでの隙間を わずか0.2秒(200ミリ秒) で切り替えているそうです。わずか0.2秒!でも確かにそのくらいかも。。これを読んでから実際の会話を観察してみましたが、、、誰もがものすごい絶妙なタイミングで会話に入ってきますよね。たしかに0.2秒くらいかも、、、!もし0.2秒以上間が空くと「あれ?聞こえてなかったのかな」「伝わってないのかな」と不安になり、発話者がフォローを入れてしまったりします。例えば、インターネットのページ読み込みで0.4秒待たされるとイライラする、という例えも出てきていて、それよりもさらに短い0.2秒で私たちはターンを切り替えているのだから、本当にすごい処理能力ですよね。言語理解のプロセス本の後半では、会話がどのように理解されていくのか、ステップごとに解説されています。大きく分けて、「言語を理解」し、「発話を生み出す」という2段階に分かれます。◆言語理解のプロセス文構造の解析例:「昨日あのテレビ見た」→ 「昨日」「テレビ」「見る」などの語を文法的にどうつながっているか解析する。意味の理解「テレビ」をハードウェアではなく番組と理解する。「あのテレビ」の「あの」が何を指しているか文脈から判断する。語用論的な推論「この部屋寒くない?」が実際には「暖房つけて」という依頼かもしれない。文脈や状況に応じて、単純な意味を超えて相手の意図を推測する。◆発話を生み出すプロセス理解が終わると、今度は自分が話すフェーズに入ります。ターンテイキングの準備相手の発話が終わる合図(イントネーション、視線、ジェスチャーなど)を見極める。応答内容の整理何を話すか決める。間をつなぐために「えーっと」などのフィラーを挟み、無意識にジェスチャーを交えて言葉を出していく。応答内容を文に応答そして最終的に応答を文にして発話。この一連の処理を たった0.2秒で行っている のだから、確かに人間の脳はすごいですよね。一体どうなっているのか、、、と知りたくなります。でも、残念なことに「なぜ人間の脳はこんな複雑な処理が可能なのか?」については書かれていない、、、!残念!なぜなら、水野さん曰く「問いが大きすぎるから」だそうです。そんな簡単に言える話ではないと。まぁそりゃーそうかもしれないですね。いつか水野さんが、僕らにもわかるレベルに噛み砕いてYoutubeや本で説明してくれる日を気長に待ちたいと思います。遠回しのやり取りを理解するすごさ以下のような例が書かれていました。Aさんが「コーヒー飲む?」と聞いたとします。普通に考えれば「はい」か「いいえ」で返すはずの質問ですよね。でも、Bさんが「明日出張で朝が早いんだ」と答えることがあります。一見すると質問に無関係な発言ですが、私たちはこれを瞬時に解釈します。「明日出張で朝が早い」=「眠れなくなると困る」=「だから今日はコーヒーを飲まない」という風に、頭の中で文脈を補いながら理解するわけです。これがさっきの「3.語用論的な推論」の部分です。「この部屋寒くない?」と聞かれても、寒いか暑いかの回答を求められているのではなく、「エアコンを切ってくれない?」と言われているかもと推論できる我々の能力。。すごいなー。でもこれって相手の情報処理に負担かけてるよね笑やはり、できるだけストレートに言ったほうが処理に負担かけなくて良いのかな。でもストレートすぎると今度は嫌な気持ちにさせて精神的に負担をかけてしまう。面白い。イエスかノーしか答えないカウンセリング実験ある実験では、被験者とカウンセラーがマイクとスピーカーを通して会話をします。ただしルールは一つ。カウンセラーは「イエス」か「ノー」でしか答えないというもの。たとえば被験者が、「彼女のことは好きなんですが、父親があまりよく思っていないようです。交際を続けるべきでしょうか?」と相談すると、カウンセラーはただ「ノー」と返す。そんなやり取りが続く、ちょっと奇妙なカウンセリングです。しかし、ここで驚くべき仕掛けがありました。カウンセラーは誠実に考えて答えていたわけではなく、事前に用意された「イエス・ノーの並びリスト」を読むだけだったのです。たとえば「イエス、ノー、ノー、イエス」と書かれた紙を手にして、その順番通りに答えていたような感じだと思います。つまり、相談内容とは無関係に返答していたわけです。驚くべきは、ほとんどの被験者がそのトリックに気づかなかったそうです。回答と回答を突き合わせれば矛盾が生じる場面もあったのに、なぜか気づかない。人は会話の中でテンポよく返事が返ってくると、そこに意味や関連性を必死に見出そうとしてしまう。たとえ無関係な返事でも「カウンセラーは考えが変わったのだろう」と解釈してしまうのです。いやー、、、興味深いですよね。会話における「内容」よりも「テンポ」や「相槌」の方が大事な場合があるということだなと感じました。たとえば「うんうん」「そうだよね」といった共感的な相槌だけでも、人は会話が成り立っていると感じてしまう。ChatGPTなどのAIとの会話が意外と噛み合っているように感じるのもこういう理由ですよね。AIは必ずしも深い意味を返しているわけではなくても、今のAIだとまだ内容的に合ってないことを言ったりしてても、テンポよく適度に「うまく返してくれる」。そうすると、人間は「共感された」「話が通じている」と感じてしまう。「近づく」と「近寄る」の使い分け話は変わりまして、この本で、「近づく」と「近寄る」はどう違いますか?という問いがありました。ゆる言語学ラジオはこういう豆知識みたいなのがたくさん合って楽しい。夏が近づく(OK)夏が近寄る(×)目的地が近づいてきた(OK)目的地が近寄ってきた(×)足跡が近づいてきた(OK)足跡が近寄ってきた(×)つまり、「近づく」はモノや抽象的な対象にも使えるのに対して、「近寄る」は人や動物のような主体性のあるものに限定されるようです。いやー、ほんと、前に読んだ水野さん・堀本さんの「言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼」でも似たようなネタが多く書かれていましたが、我々はその単語や文法の使い方を厳密に習ったわけではないのに、誰もがごく自然にそのルールにそって無意識に使える、、、というのが本当にすごいなと思います。人間って、言語って面白いと思います。肯定と否定で違う反応速度本の中で紹介されていたのは、「うん、そうだよ」などの肯定的な返答よりも、「知らない」とか「じゃあ調べてみるわ」などの否定・保留的な返答のほうが、返ってくるまでに500ミリ秒ほど長いという実験結果です。0.5秒と聞くと微差のようですが、会話のターンテイキング(通常0.2秒前後)からするとかなり長い。さらに、同じ「いいですよ」という肯定でも、200ミリ秒前後で返ってきた場合 → 快く受け入れてくれたと感じる2秒ほど間が空いてから返ってきた場合 → 乗り気ではなさそうに感じるいやー、ほんとそうですよね。「間」の取り方一つで意味が変わる。吃音の話吃音の人の話も興味深かったです。吃音の子供は10%くらいいるそうで、思ったより結構多い印象ですよね。でも大人になるとそれはかなり減っていると。でもそれは、吃音が直っているというより吃音がでないように工夫しているのだとか。例えば、「おととい」のように「とと」と繋がっている言葉だと吃音になってしまうタイプの人の場合、「おととい」ではなく「二日前」というようにしたりするそうです。そういう工夫をするだけで、吃音だけど特に問題なく生活できる。これは興味深い話です。吃音に限らず、自分の特性をハックしていくのは重要だと思います。例えば僕はものすごい方向音痴なので、道のこととなると使い物にならないですが、重要な待ち合わせの時は必ず「1時間前行動」をとって1時間以上前に目的地について場所を確認してから喫茶店で待ってるようにしたり、そもそもお店集合ではなく方向音痴なので駅集合にして欲しいとお願いしたり、そもそもリモートワークにしたり、、、と工夫しています。(リモート時代は方向音痴にはとても助かります。。)そういう、自分の特質を理解した上で世界に合わせることは大事だし、そうやって工夫して合わせてる人たちもいるということを理解することができればコミュニケーションもよりしやすくなると思いました。Slackやリモートワークについて考える間の取り方で変わるくらい、人の会話って総合的なスキルを要するものなんですよね。この本で水野さんが、テキストコミュニケーションをしていると、言語は不完全で誤解して伝わってしまうことが多いと思う人もいるけど、言語とはそもそも間やタイミング、ジェスチャー、表情、声のトーンなどすべてを使って伝えるツールだから、、、というようなことを言っていました。そうなんですよね。そうすると現代のSlackだけのコミュニケーションやzoomやmeetでのオンラインコミュニケーションでは、対面でのコミュニケーションと比較し足りないものがある、というのは確かにそう思いますよね。僕はリモートワークはとても便利で、Slackだけでだいぶ仕事ができると思ってるし、伝わりにくい時はzoomなどのオンラインミーティングだけで十分と思ってるタイプですが、それでも対面の重要性はこういうところにあるなーと改めて感じます。