最近、MCPという言葉をよく見かけるようになりました。
MCP(Model Context Protocol)は、ChatGPTやClaudeなどのAIが、外部のサービスやデータにアクセスするための共通規格です。
例えば、AIからGoogle Sheetsのデータを読み取ったり、Salesforceの顧客情報を取得したり、freeeで請求書を作成したりできるようになります。
今までは人間がそれぞれのSaaSにログインして操作していたものを、AIが直接操作できるようになるわけです。
これ自体は非常に便利ですし、私も大きな可能性を感じています。
ただ、システム開発会社を経営している立場として、ふと疑問が湧いてきました。
ここまでAIが既存SaaSを操作できるようになるなら、そもそも企業が専用の業務システムを開発する必要はなくなるのではないか?
私たちシトラスアップは、お客様ごとに専用の業務SaaSを開発し、月額制で提供するという事業を行っています。
そのため、この疑問は単なる技術的な興味ではなく、自分たちの事業の存在価値にも関わってきます。
今回は、MCPとAIエージェントの普及によって業務システムがどう変わっていくのか、そして私たちのようなシステム開発会社は何を提供すべきなのか、考えてみたいと思います。
既存SaaSをAIから操作できる時代が来ている
例えば、ある中小企業では次のような業務を行っているとします。
- 顧客情報はGoogle Sheetsで管理
- 営業活動はSalesforceで管理
- 社内の連絡はSlack
- 契約書はGoogle Driveに保存
- 請求書はfreeeで発行
よくある構成だと思います。
従来であれば、これらのサービスを横断する業務には、担当者が複数の画面を開いて情報を確認したり、データを転記したりする必要がありました。
場合によっては、これらの情報を一元管理するために、新たな業務システムを開発するという選択肢もあったでしょう。
しかし、MCPによって状況は変わりつつあります。
例えばAIに、「A社の最新の商談内容と契約書を確認して、今月の請求書を作成して」と指示する。すると、AIがそれぞれのサービスから必要な情報を取得し、請求書の作成まで進めてくれる。
もちろん、実際には各サービスの対応範囲やアクセス権限、業務ルールなどによる制約はあります。
それでも、これまで人間が画面を行き来して行っていた仕事を、AIが代行できるようになってきたのは大きな変化です。
しかも、これは単なる将来の構想ではありません。
2026年現在、kintoneは公式MCPサーバーを公開しています。Google Sheetsも開発者向けプレビューとしてMCP接続を提供しています。
freeeに至っては、会計・請求書・人事労務など、複数の業務領域をAIから操作できるMCPサーバーを提供しています。
今後、既存SaaSのMCP対応はさらに進んでいくと考えられます。
では、専用の業務システムは必要なくなるのか?
ここで気になるのが、私たちのようなシステム開発会社の存在価値です。
例えば、これまでなら次のような要望に対して、専用システムの開発を提案することがありました。
「顧客情報、見積書、請求書などを一元管理したい」
「Excelから別のシステムに転記する作業をなくしたい」
「複数のSaaSを行き来せずに仕事を完結させたい」
しかし、これらの要望は、今後AIとMCPによって相当部分が解決される可能性があります。
そう考えると、単に情報を集約するためのシステムや、複数の画面を一つにまとめるだけのシステムは、以前ほど必要とされなくなるかもしれません。
これはシステム開発会社にとって、無視できない変化だと思います。
私自身、今まで専用SaaSを提供してきた立場ではありますが、既存SaaSとAIだけで解決できるのであれば、わざわざ新しいシステムを開発する必要はないと思っています。
では、すべての業務をAIと既存SaaSに任せればよいのでしょうか。
ここには、もう一つ考えるべき問題があります。
AIがサービスを操作できることと、業務が正しく回ることは違う
例えば、ある会社の発注業務を考えてみます。
この会社には次のようなルールがあります。
- 在庫が一定数を下回ったら発注する
- ただし、販売実績が少ない商品は自動発注しない
- 顧客からの予約注文がある場合は在庫を優先的に確保する
- 発注金額が50万円を超える場合は部長の承認が必要
- 特定の取引先には通常とは異なる発注条件が適用される
こうしたルールは、どこの会社にも多少なりとも存在すると思います。
これをAIに任せることはできるのでしょうか。
もちろん、できます。
AIにこれらのルールを説明し、在庫管理システムや発注管理システムに接続すれば、条件に従って処理させることは可能です。
しかし、ここで重要なことがあります。
AIが業務ルールを理解して判断することと、システムが決められたルールを確実に実行することは、必ずしも同じではありません。
例えば、在庫が10個しかないのに、別々の担当者から同時に8個ずつの出荷指示が来た場合はどうでしょうか。
AIがそれぞれの依頼を個別に処理してしまうと、在庫数に矛盾が発生する可能性があります。
また、発注承認の途中で処理が中断された場合や、同じ注文が二重に送信された場合も考えなければなりません。
こうした問題は、単にAIの判断能力を高めれば解決するというものではありません。
データの整合性、トランザクション管理、権限管理、処理状態の記録、エラー発生時の復旧など、システム側の仕組みが必要になります。
そして、こうした仕組みを提供することこそが、業務システムの重要な役割の一つです。
ただし、その仕組みは専用SaaSである必要もない
ここが少し面白いところです。
先ほどの発注業務に必要な仕組みは、必ずしも独自開発したSaaSでなければ実現できないわけではありません。
既存の在庫管理SaaSや販売管理SaaSが必要な機能を持っているのであれば、それを利用すればよいでしょう。
また、足りない部分だけプログラムを開発し、AIから呼び出せるようにする方法もあります。
例えば、AIが在庫情報や注文内容を収集し、発注可否の判断は専用のプログラムに任せる。承認が必要な場合は、既存のワークフローサービスに処理を渡す。承認が完了したら、既存の発注システムに登録する。
これでも十分に業務を実現できる可能性があります。
しかし、さらに複雑な会社独自のルールが増えた場合はどうでしょう。
発注履歴を管理する専用データベースが必要になり、承認状態や例外処理を管理する仕組みが必要になり、担当者が状況を確認するための画面も必要になるかもしれません。
そうして少しずつ機能を追加していくと、結局、専用の業務システムに近いものが出来上がっていきます。
つまり、MCPによって専用システムが不要になるというよりも、既存SaaSで対応できる部分と、専用に開発すべき部分の境界が変わっていくのではないでしょうか。
これからの業務システムは、画面が主役ではなくなるかもしれない
ここまで考えて、もう一つ大きな変化が起こるのではないかと思いました。
それは、業務システムにおけるGUI、つまり人間が操作する画面の位置づけです。
従来の業務システムでは、人間が画面を操作することが前提でした。
顧客一覧を開く。検索する。詳細画面を開く。内容を修正する。保存ボタンを押す。
そのため、システム開発において画面設計は非常に重要な要素でした。
しかし、AIが直接APIやMCPを通じて業務システムを操作するのであれば、必ずしもすべての操作に人間用の画面が必要とは限りません。
例えば、「A社の受注内容を確認して、在庫があれば出荷手続きを進めて」とAIに指示するだけでよいのであれば、受注一覧から対象の注文を探し、出荷登録画面を開いて、必要な項目を入力するという操作は不要になります。
一方で、すべての画面が不要になるとも思いません。
大量の注文を一覧で確認したい場合や、複数案件を比較したい場合、承認前に内容を目視で確認したい場合などは、画面があるほうが便利でしょう。
つまり、今後は、AIが操作するためのAPIや業務機能を中心に設計し、人間が確認・判断・修正する必要がある部分に画面を用意する、という設計思想が増えていくのではないかと思います。
人間がすべてを操作する前提で画面を作り、その裏側に業務ロジックを実装する。そこから、人間とAIの両方が同じ業務機能を利用できる仕組みを作る。
この変化は、業務システムの設計そのものに影響を与える可能性があります。
では、システム開発会社の価値はどこに残るのか?
ここまで考えると、システム開発会社の役割も変わっていくように思います。
従来は、お客様から要望を聞いて、必要な画面や機能を設計し、システムとして実装することが中心でした。
しかし、今後はそれだけでは十分ではないかもしれません。
まず、お客様がどのように仕事をしているのかを理解する。そのうえで、既存SaaSで実現できる部分、AIに任せられる部分、専用のプログラムで確実に処理すべき部分、人間の判断が必要な部分を整理する。そして、それらを組み合わせて、一連の業務が正しく回る仕組みを作る。
このような仕事の比重が高くなるのではないでしょうか。
例えば、見積書の作成一つをとっても、単にAIに過去の見積書を読み込ませて新しい見積書を生成させるだけなら、特別なシステム開発は不要かもしれません。
一方、顧客ごとの単価、商品ごとの利益率、承認条件、在庫状況、過去の取引履歴などを踏まえて、会社のルールに沿った見積書を安定して作成するとなると、業務設計が重要になります。
その会社が長年蓄積してきたノウハウを整理し、ソフトウェアとして実行できる形にする。そこに価値が残るのではないかと考えています。
私たちシトラスアップも、提供する価値を見直す必要がある
私たちシトラスアップは、企業ごとに専用の業務システムを開発し、SaaSとして提供する事業を行っています。
Excelや紙を使った業務をシステム化したり、複数の担当者が行っていた手作業を効率化したりといった案件が中心です。
これまでは、「お客様専用の業務SaaSを低コストで提供する」ということが、一つの大きな価値でした。
今後も専用SaaSが必要な企業はあると思います。
しかし、それだけを価値として打ち出すのは、少し違うのではないかと考え始めています。
例えば、お客様が既存SaaSとAIの組み合わせだけで業務を改善できるのであれば、それを提案するべきでしょう。
逆に、会社固有の業務ルールが複雑で、既存SaaSでは対応できないのであれば、必要な部分だけ専用システムを開発すればよい。そして、その専用システムもAIから操作できるようにしておく。
私たちが提供するものは、必ずしも専用SaaSそのものではなくなるのかもしれません。
お客様の現場ノウハウをソフトウェア化し、AIと人間が連携して業務を遂行できる仕組みを提供する。これが、これから目指すべき方向なのではないかと考えています。
最終的には、SaaSとAIエージェントの境界もなくなっていくのではないか
さらに先の未来を考えてみます。
例えば、企業がAIに次のような相談をする場面を想像してみます。
「うちの会社では、注文がメールで届いて、それを担当者がExcelに転記しています。在庫の確認も手作業です。これを自動化したい」
するとAIが業務内容をヒアリングし、既存SaaSで対応できる部分を調べ、必要な連携を構築する。足りない部分があれば、専用プログラムやデータベースを作る。そして、担当者が確認するための画面が必要であれば、その画面も用意する。
もちろん、現時点ではこのような仕組みを企業の基幹業務に安心して任せるには、要件の確認、テスト、セキュリティ、継続運用など多くの課題があります。
ただ、技術的には、その方向に進む可能性を十分に感じています。
そうなると、もはや「既存SaaSを使うのか」「専用SaaSを開発するのか」という区別自体が、今ほど重要ではなくなるのかもしれません。
企業にとって大切なのは、どんな製品や技術を使っているかではなく、自社の業務が効率的かつ正確に回っていることです。
その実現手段として、既存SaaS、AIエージェント、専用プログラム、データベース、人間用の画面などを必要に応じて組み合わせていく。そんな世界になっていくのではないでしょうか。
まとめ:業務システムの価値は「操作すること」から「仕事が回ること」へ
MCPやAIエージェントの普及によって、従来の業務システムの価値の一部は確実に変化していくと思います。
複数のサービスを行き来する作業を減らすためだけに、専用システムを開発する必要性は小さくなるでしょう。
一方で、企業固有の業務ルールを正確に実行する仕組みや、データの整合性を保ちながら業務を進める仕組みは、引き続き必要です。
むしろAIが多くの操作を代行するようになるほど、AIが安心して利用できる業務基盤の重要性は高まるかもしれません。
そしてシステム開発会社の価値も、画面や機能を作ることから、企業の業務そのものを理解し、仕組みとして実現することに移っていくのではないかと思います。
これからの業務システムは、人間が仕事をするための道具から、AIと人間が一緒に仕事を進めるための基盤になっていく。今のところ、私はそんな未来を想像しています。
まだまだ仮説の段階ですが、私たちシトラスアップ自身も、こうした考え方を実際の開発に取り入れながら、試行錯誤していきたいと思っています。
