今回は臨床心理士の方が書いたカウンセリングについての本を読んでみました。メンタルケアは僕がずっと課題に思っていることです。この業界に限らないかもしれないですが、メンタルに支障をきたす人が多いです。マネジメントする立場から見て、そうならないようにするためにメンバーをどう支えたら良いのか、そうなってしまった場合にどんな言葉をかけたら良いのか、、、答えのない非常に難しい課題です。普通の人のカウンセリングと臨床心理士のカウンセリングこの本の序盤で、カウンセリングなんて誰でもできるじゃん。的に言われることがある。と言っています。そしてそれもある意味事実であると認めています。これは、「誰かが誰かの悩みを聞いてあげる」と言うのは、例えば仲間内の聞き上手な人やバーのマスターとかもやってるようなごくありふれたことですよね。そしてそれだけで心が楽になる、解決することももちろんあります。そしてもちろんそれも大事だと。その上で、どうにもならない時に来るところが、臨床心理士のカウンセリングだと。最後に行き着くところが臨床心理士のカウンセリング問題があったら、まずその状況を解決する。例えば、労働環境が明らかにおかしい状態ならば、それをなんとかできないか動く。薬が必要な状態なら、まず病院で処方してもらう。仲間に悩み相談し打ち明けてみたりする。それらすべきことをすべてやり、それでも解決できない、あるいは個人では解決しようがない場合に、どうしようもない場合に来るところが「臨床心理士のカウンセリング」だそうです。なるほど。今の状況と自分の体を繋ぐ真ん中にあるのが心。極論、心が柔軟に繋いでくれれば、どんな状況にでも人は対応できる。しかしそれは無理をしている。そんな時、カウンセリングが必要だと。悪魔祓いからのカウンセリングカウンセリングの歴史についても書いていました。元々は宗教や悪魔祓いみたいなものから始まっています。でも、だんだん「悪魔祓いなんてインチキだ!」と言われ、なんの根拠もないとわかって批判されるようになりました。しかしそれでも、『悪魔祓いはインチキだが、それでも効果があること「も」あった。それはなぜか?』と科学的に考える人たちがいました。その人たちがたどり着いた結論は、『悪魔や幽霊のせいではなく、「心」の問題だった』というものでした。ここからカウンセリングという考えが始まったのだとか。これは興味深い話です。たとえ迷信じみたものであっても、ゼロイチで見切ってしまうのではなく、一部良いものがあったからこそ信じられもしたのではないか?と、疑問をもち調べようとすることはとても大事ですよね。今の社会でも応用が効く教訓です。そしてもう一つ。「悪魔や幽霊」ではなく「心」の問題であることの方がリスクもあるので注意する必要がある、と。悪魔や幽霊の場合は、外側の存在なので、存分に悪魔や幽霊のせいにしちゃっていいですが、「心のせい」となると、当の本人を責める形になりかねない。そこに注意しなければならないと。これは面白い見解ですね。確かに現代社会でもみられがちですね。心の病の人は、ただ根性が無いだけ、本人が悪い、とみられがちな傾向もあります。悪魔のせいだった方が、その人を責めなくても良かったかもしれないですね笑1時間のヒアリングの内訳この臨床心理士さんのヒアリングは有料で、1時間で行われるそうです。初回ヒアリングの内訳は以下です。60分のうち、40分でヒアリング、10分でその分析結果を説明、そして10分でゴールについて合意する。大変そう...!そんな収まるのか、、、!?クライアントの人生を聞いているだけで日が暮れそうだ。話しやすいように促したり長引きそうな話はうまいこと途中で切ったりファシリテートするのだろうが、、、難易度高すぎる!!!ビジネスのミーティングならまだしも、一個人が、しかも悩みに悩んでる人を相手にそれをするなんて、、、素晴らしいファシリテート能力。実際この60分は自身もクライアントも脳みそフル回転になってるのだとか。ちなみに僕はシステム開発において、クライアントとの初回ヒアリングを60分でしますが、その内訳・順番はクライアント次第で変えてるので詳細には決めて無いですが、以下の感じです。3分でお互いの紹介。15分で今のやりたいことをヒアリング。15分でやりたいサービス・アプリの業務の流れをヒアリング・書き出し。15分で概算の見積もり感やスケジュール感、進め方の説明、残りの時間でクライアントからの質疑応答、って感じでしょうか。・・・と考えるとできるといえばできるのか。僕がやってることも専門分野の人じゃ無いと60分ではできないと思うので、カウンセリングの理論を踏まえ実践を繰り返してきた臨床心理士ならできると言われたら確かにできるのかもしれない。すごいなー。作戦会議と冒険とっつきにくい表現だが、「作戦会議」と「冒険」という専門用語が出てくる。僕の理解で解説してみます。語弊があるかもしれないけど素人の解説なのでご了承ください。作戦会議とは:今の起きている生活の問題を解決しようとすること。冒険とは:過去の人生の根本的な問題を深く探り解決しようとすること。作戦会議は、会社に行けなくなってしまった。借金があり困っている。など、「今」現在顕在化している問題であり、生活に大きな支障が出ている状態を解決しようとすること。冒険とは、もっと深いところに関わっていくアプローチで、ユングとかフロイトとかの方向性のようです。カウンセリングの様子凄まじい、、、と思いました。1回や2回で終わるわけは当然なく、例えば8年以上寄り添っている例など、具体的な例を幾つか挙げて示してくれていました。例えば、「転移」という表現をしていましたが、クライアントが母親との関係を再現し、母親とうまく行っていなかった状況をカウンセラーとの間でリメイクすることがあるそうです。それにより母親に対して思っている怒りの感情などがそのままカウンセラーにぶつけられたりします。そう言う時期や、素直に話し合える時期を通じて徐々に自分の課題に気づいていったり、、、していきます。友達にも臨床心理士がいるので、ある程度知っているつもりではいましたが、これを読んでいて、改めて「凄まじい仕事だ、、、」と思いました。こんな暴言を吐かれてそれを当たり前のように受け止め(いや、当たり前では無いかもしれない。この本の中で著者も暴言を受けてショックを受けたりしています。つまりプロフェッショナルなロボットではなく、人間として対話している印象でした)、時間が来たらセッションは終わり、次の人のセッションを60分行う。1日に何人も、そしてそれらのクライアントを何年も付き合っていく、、、、ものすごい仕事だと思いました。心が危機的な状態の時にこんなカウンセラーに巡り会えた人は本当にラッキーなのではないかと思います。カウンセラーは重すぎるのでは?でも僕が感じたのは、「臨床心理士にこんな過酷な労働を強いることは非人間的なのでは無いか?」ということです。プロだからって、こんなことは受け入れ続けられるはずはない、、、と思っちゃう。。今の社会で、もっとたくさんカウンセラーがいて、もっと気軽にカウンセリングを受けられる社会になる方が良い、、、と思います。そしてこの著者のような素晴らしい方がたくさんいてくれるなら、それほどありがたいことはない。ただ、そのカウンセラーの方々自体は苦しく無いのか、、、?と思ってしまいます。それとも、たまにあると思われる心が回復してきた人たちの笑顔が彼らを回復させてくれるのか、、、?そうだといいなー。。カウンセリングを進める難しさこの本で、良いカウンセラーに巡り会えるならばカウンセリングはとても良いものだと改めて思いました。ただ、昔から難しいと思うのは、カウンセリングが必要そうな人にカウンセリングを進めることの難しさです。一体どうしたら良いのか、、、また、会社の上司や発注者の立場からそれが必要だと思った場合は一体どうしたら良いのか、、、そういうのも知りたいと思いました。。例えば、「生き心地の良い町」という本では、日本で最も自殺率の低い街を紹介しています。この街は、自殺率が低いのに、うつ病と診断される患者数が非常に多い。理由は、「あんた、鬱なんじゃ無い?病院行った方がいいって!」とみんなが言い合えるカルチャーがあるから。たしかに、みんなが当たり前のようにそう言い合えて、病院に行くことが恥ずかしくも無いカルチャーがあればそれは予防しやすい。その通りだ、と思う反面、そのカルチャーが無い時にどうすれば良いのか、という対処法もあったらいいなー、、、と思う今日この頃。